カテゴリ:MotoGP( 38 )
ノリックメモリアルミーティング。
12月9日。お台場で開催されたノリックメモリアルミーティングに行ってきました。
f0016204_1751877.jpgYZF-R1(8耐仕様)。
マシンにまたがって写真を撮ることが出来ます。
f0016204_1754021.jpgYZF-R1(黙祷仕様)。
というのも、黙祷のときに、ノリックの元に届け!と言わんばかりに、うゎん!うゎん!うゎん!とスロットルがあおられました。
f0016204_176734.jpgステージ。
ワイズギアレーシングチーム監督 伊藤巧氏およびオフィスノリック 阿部光雄氏(ノリック父)よりご挨拶の後、1分間の黙祷。
改めましてご冥福をお祈り申し上げます。
f0016204_1771640.jpgステージ向かって左側のノリック。
f0016204_1772811.jpgステージ向かって右側のノリック。
f0016204_1773968.jpg献花台。記帳。
f0016204_1775290.jpgメモリアルグッズを求める人々の列の上、お台場の空はいつまでも青く、澄み渡っていました。




and Peace!
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by hajimechan74 | 2007-12-12 17:22 | MotoGP
ノリック メモリアルミーティング(仮称)のお知らせ

下記日程で、故阿部典史の「ノリック メモリアルミーティング(仮称)」が行われます。
※当初のお知らせよりも開催時期が遅れますことをお詫びいたします。

 日 時  12月9日(日)10:00~16:00
       (開場9:00~・時間帯は変更の可能性があります)

 場 所  東京お台場屋外特設会場

 住 所  東京都江東区青海1丁目・青海Q街区

 イベント内容  ゆかりの品・レース車両・写真等展示/記念映像上映
           /献花台ほか(予定)

 入 場  無料

 主 催  オフィスノリック

 後 援  ヤマハ発動機(株)/ヤマハ発動機販売(株)
       (株)ワイズギア/(株)プレストコーポレーション


norickabe.comより転載)


and Peace!
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by hajimechan74 | 2007-11-15 10:04 | MotoGP
2007MotoGP第8戦。イギリスGP。
6月24日。MotoGP第8戦イギリスGP。ドニントンパーク。
滑らかなコーナリングが求められる、自然の起伏を生かした前半セクション、そして、後に加えられた、ハードブレーキングを求められる後半のストップ&ゴーセクション。二つの面を持つ難しいサーキットレイアウトに加えて、決勝当日の天候は雨、となった。

前日、ドライコンディションでの予選の結果、ポールポジションを獲ったのは、5コリン・エドワーズ、2番手に14pts差でポイントリーダーを追いかける46ヴァレンティーノ・ロッシ、3番手、4番手には復調の兆しか、26ダニ・ペドロサ、1ニッキー・ヘイデンとHONDAワークス勢が続く。そしてポイントリーダー27ケイシー・ストーナーはセッティングに手間取り5番手、SUZUKIの21ジョン・ホプキンスが6番グリッドからのスタートとなる。56中野真矢は11番手、19オリビエ・ジャックに代わってKAWASAKIからレギュラー参戦が決まった13アンソニー・ウエストが17番手、6玉田誠はその後ろ18番手。

気温14℃、路面温度18℃、湿度90%、決勝は30周で争われる。

続きを読む。
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by hajimechan74 | 2007-10-13 11:42 | MotoGP
川崎。
以前川崎駅に降り立ったのは、まだ前の会社に勤めていた頃のことだから、10年以上前のことだと思う。

会社は川崎市にあったけれど、僕をはじめ、課員はそれぞれの客先に常駐するような形が多かった。あるヒトは東京都区内、あるヒトは横浜、あるヒトは客先に行かずに川崎に。
それで、それぞれの勤務地から近い、と言うわけでもないけれど、飲み会をするとなると、じゃ、川崎で。ということも少なくなかった。

だから、Cinecittaに続く通りの入り口で、酔っ払って食べた屋台のラーメンがすごく美味しかったことを思い出したり、朝まで過ごした、そんなに大きくもないチェーンのカラオケ屋がまだあることにビックリしつつ、懐かしく眺めたり。

その当時はオートバイ(HONDA CB-1 Type-I)にも乗っていて、住まいも武蔵小杉界隈だったので、多摩川沿いを下って、川崎の街をかすめ、羽田方面へ。というのが、お気に入りのコースだったのを思い出したり。

僕の中では、気づけばすっかり過去の街になっていた川崎。まさかこんな形で訪れることになろうとは思っていなかった。

そこには、多くの花束と缶コーヒー、ペットボトル入りの水。ライダーズスーツに身を固めた男達も何人か見受けられた。あるものはしゃがみこみ、あるものは少し離れたところで呆然と佇み、あるものは、花を手向け、手を合わせ。
僕はと言えば、目の前の自販機の売り上げ、いつもよりあがるんだろうなぁ。などとつまらないことを考えていた。

「痛い、痛い。」と。でも相手のドライバーの問いかけには「大丈夫です。」とも。

夜空を見上げた。もしかしたら、彼が最後に見たかもしれない、夜空を見上げた。

写真は、撮っていない。


and Peace
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by hajimechan74 | 2007-10-11 12:22 | MotoGP
通夜・告別式。
故阿部典史選手の通夜、告別式は、下記日程で執り行われるとのことです。

 通 夜  10月12日(金)18:00~
 告別式  10月13日(土)11:00~13:00
 喪 主  阿部光雄(父)
 会 場  東京都青山葬儀所(青山斎場)
 住 所  〒107-0062 東京都港区南青山2-33-20
 電 話  03-3401-3653
 URL  http://www.aoyamasougisho.jp/


and Peace
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by hajimechan74 | 2007-10-09 00:04 | MotoGP
阿部典史(あべのりふみ)選手。
全日本ロードレース選手権、フル参戦1年目の1993年、弱冠18歳の若さで総合優勝を果たした阿部典史選手。アメリカのダートトラックで培ったその驚異的な速さに、当時、「ハンドパワーです」という言葉で一世を風靡したマジシャンをもじってついたあだ名が「ノリック」。

翌1994年、その魔法のような速さを世界は目の当たりにすることになる。

WGP第3戦、日本グランプリ。前年の全日本チャンピオンに与えられた唯一の出場機会は、母国開催GPへのワイルドカード参戦。日本人最速のスピードが世界にどこまで通用するのか。
しかし、それは杞憂だった。
ケビン・シュワンツ、マイケル・ドゥーハンらに果敢に挑み、どこからでも勝負にいくその攻めの姿勢とともに繰り広げた熾烈なTOP争い。攻めるだけ攻めて華々しく散った日本の無名ライダーの活躍は、キング・ケニー(ロバーツ)をして、「アイツは一体何者だ?!」と言わしめたほどだった。
結果は残念ながら残り3周でリタイヤとなったが、この年、HONDAからYAMAHAへの異例の移籍を果たし、更に2戦のスポット参戦を果たす。これにはウェイン・レイニーの強力な後押しもあったようである。

1995年、マルボロ・ヤマハ・チームロバーツからフル参戦。翌1996年、WGP第3戦日本GPでは、1977年にWGP350クラスチャンピオンを獲得した片山敬済(かたやまたかずみ)が1982年、スウェーデンGPに勝って以来の日本人による500ccクラスの優勝となった。
もちろん、ノリックにとっては初優勝。あふれ出る涙が止まらず、ヘルメットもつけたまま、「やっ、たぁぁーー!」とカラダ中で雄たけびをあげた。

1999年、ブラジル・リオGPでは、マックス・ビアッジと、親友でもあるケニー・ロバーツ(Jr)と最後の最後までの、3人の差が0.5秒以内という三つ巴の死闘を制し、WGP2度目の優勝。表彰台インタビューでは、清清しい笑顔とともに3者が互いに互いを称えあうという、まさにモーター”スポーツ”という名にふさわしい、烈しく、それでいてクリーンな戦いであった。

2000年、日本GP。WGP3度目の優勝は、あわや日本人による全クラス表彰台独占か。というシーンに日本中のモータースポーツファンが大いに沸いた。
<125cc>
 1.宇井陽一
 2.上田昇
 3.東雅雄
<250cc>
 1.加藤大治郎
 2.宇川徹
 3.中野真矢
<500cc>
 1.阿部典史
 2.ケニー・ロバーツ(Jr)
 3.岡田忠之
  (実は4位に青木宣篤)

フル参戦を続けた2002年まで、常にTOP10内に名を連ね(最高位5位)、参加144戦中、17回の表彰台を獲得、うち3度の優勝を飾った。そして、2004年の最終戦(16戦)バレンシアGPを最後にワールドチャンピオンシップを後にした。

2005、2006年とワールドスーパーバイクに参戦、今年2007年には全日本ロードに13年ぶりに復帰。JSB1000で6戦(全7戦)終わって総合3位につけていた。

2007年10月7日。川崎市川崎区大島1丁目、片側2車線の市道において、右側車線をオートバイで走行中、左車線からUターンを試みた4tトラックと衝突。市内の病院に搬送されたが、およそ2時間後に死亡が確認された。享年33歳(32歳歿)。現場の交差点はUターン禁止であった。
沼田憲保選手、奥野正雄選手と相次いで日本のTOPライダーとも言える人々が亡くなる2007年。サーキットの安全性向上を主張し続け、人一倍気を配り、クラッシュパッド設置の状況を見てまわっては、他クラスのレースのために自身自らオイル処理をすることもあった阿部典史選手。しかし、彼の命を奪ったのは、サーキットの外にある危険だった。

2001年から2005年まで、ミック・ドゥーハンに並ぶ5年連続の年間チャンピオンを獲得したヴァレンティーノ・ロッシ。世界中に多くのファンをもつロッシが、自らのことを「ろっしふみ」と名乗り、あるいは、フロントカウルに「Valentinick」と記したりと、Norifumi 'Norick' Abeに憧れと敬愛の念を抱いていた、と言えば、彼、「ノリック」の速さが、カッコよさが、伺いしれるだろうか。

f0016204_113615.jpg2005年全日本ロードレース茂木にていただいたサイン(当時SBK参戦中)。パドック裏で出くわしたファン(僕のことですね)にもいやな顔ひとつせず丁寧に対応してくれました。二輪文化の発展に本当に心を砕いていたノリック。本当に本当にカッコよかった。

阿部典史選手のご冥福を心からお祈りいたします。


and Peace
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by hajimechan74 | 2007-10-08 11:59 | MotoGP
の。ノリックが。。
本当でしょうか。ノリックがもらい事故で。。

同じくバイクでもらい事故をくらった身としては、

本当だとしたら、言葉にできないくらい悔しい。。


わぁぁぁぁ。ホントみたいだ。チクショー。

片側2車線Uターン禁止で、歩道寄りの車線からUターンしたトラックが、
センターライン寄りを走っていたノリックとぶつかったらしい。

なんだよそれ。



なんだよそれ。
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by hajimechan74 | 2007-10-08 01:30 | MotoGP
ワールドチャンピオンの行方(その2)。結果あり。
現地へいけなかったので、家に帰って録画を見ました。
地上波放送、ありえません。ちゃんと見たいならお金を払え。ということなのでしょうか。

雨があがり、路面が徐々に乾いていく、非常に難しいコンディションのウェットレース。
後続がマシンを乗り換えTOPグループより1周あたり5秒近く速く走る中、ようやくTOP集団もマシンを乗り換え始めたのが残り10周。
先に動いたのが、ロッシの後ろを走っていたストーナーで残り10周。一方のロッシは、何度も後ろを振り返りながら、そのまま1周まわって、乗り換えたのが、ストーナーに1周遅れる残り9周。ロッシはストーナーの前で復帰できたもののまだタイヤは温まっていない。さあ、どうなる!?
で、CMあけたら残り4周。
あれ?何がいったいどうなったの?なんだかロッシはコースアウトしたらしいけど、一番興味深いところがバッサリありません。

最初は録画で、途中から生放送に切り替えての臨場感をどうぞ!的やり方が完全に裏目に出てしまいました。250の日本人ライダーの活躍を見せたかったのもあるのでしょうが、そっちに時間をさくほどののレースじゃなかったですしね。かたやチャンピオンが決まるかも知れないレースなのに(TT

そんなこんなで、なんだか分からないまま、とにかく、ケイシー・ストーナー選手のワールドチャンピオンが決定しました。21歳という、あのフレディ・スペンサーに次ぐ二番目の若さでのワールドチャンピオン獲得です。
そして、結婚おめでとうございます。こちらは史上どのくらい若いのかはわかりませんがとにかく、次戦はオーストラリアGP。地元凱旋レースとなりました。

ちなみに、日本でのチャンピオン決定は史上初だそうですが、それもそのはず、今までは春先の開催がほとんどでしたからね。

あ。今回の優勝はロリス・カピロッシ選手、3年連続です。

そして。MotoGPの記事、チャンピオン決定までに追いつけなかった。反省(言葉だけ)。


and Peace!
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by hajimechan74 | 2007-09-24 03:25 | MotoGP
ワールドチャンピオンの行方。
ワールドチャンピオンの行方は。

ワールドスタンディング
1.27ケイシー・ストーナー 287pts
2.46ヴァレンティーノ・ロッシ 211pts
もてぎを含め残り4レース。その差は76pts。与えられるポイントは、
1位25pts
2位20pts(上と5pts差)
3位16pts(上と4pts差)
4位13pts(上と3pts差)
5位11pts(上と2pts差)
6位10pts(上と1pts差)
以下1ポイントずつ減り、15位が1ポイントとなる。
27ケイシー・ストーナーがチャンピオンになるには、残り3レースで75pts以上の差をつければいいのだから、46ヴァレンティーノ・ロッシの前でゴールをすれば決定となる。
また、同ポイントでは優勝回数の多いほうがチャンピオンとなるので、46ヴァレンティーノ・ロッシが前でゴールしたとしても、5位以下の場合、27ケイシー・ストーナーは46ヴァレンティーノ・ロッシのすぐ後ろでゴールすれば、その差が75ptsとなり、27ケイシー・ストーナーがワールドチャンピオンとなる。
ということで、27ケイシー・ストーナーの有利さはゆるぎのないところである。

予選結果。

1.26ダニ・ペドロサ 1'45.864
2.46ヴァレンティーノ・ロッシ 1'46.255
3.1ニッキー・ヘイデン 1'46.575

4.14ランディ・ドプニエ 1'46.643
5.24トニ・エリアス 1'46.804
6.13アンソニー・ウエスト 1'46.912

7.5コリン・エドワーズ 1'46.997
8.65ロリス・カピロッシ 1'47.047
9.27ケイシー・ストーナー 1'47.121

10.33マルコ・メランドリ1'47.136
11.21ジョン・ホプキンス 1'47.163
12.56中野真矢 1'47.295

13.64秋吉耕佑 1'47.316
14.7カルロス・チェカ 1'47.334
15.4アレックス・バロス 1'47.367

16.6玉田誠 1'47.714
17.71クリス・ヴァーミューレン 1'47.914
18.50シルバン・ギュントーリ 1'48.085

19.87柳川明 1'48.569
20.72伊藤真一 1'48.548
21.80カーティス・ロバーツ 1'50.035


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by hajimechan74 | 2007-09-22 23:57 | MotoGP
こりん。
COLIN
WE'LL MISS YOU

MotoGP第14戦ポルトガルGPでのグリッド紹介、珍しく笑顔のないヴァレンティーノ・ロッシが掲げたボードにはそうあった。

COLIN McRAE-コリン・マクレー。通称・壊し屋マクレー。WRCで年間王者に輝いたこともあるラリードライバーは、ヘリコプター搭乗中の9月16日、自宅近くに墜落、帰らぬ人となった。

2005年にはMonza Rally Showと題し、直接対決?したこともあるコリン・マクレーとヴァレンティーノ・ロッシ。個人的にも付き合いがあったようで、このポルトガルGPの勝利はコリンへの追悼の意味合いもあったのかも知れない。

謹んでご冥福をお祈りします。


and Peace
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by hajimechan74 | 2007-09-20 23:59 | MotoGP